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『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』2007 テッサ・モーリス-スズキ

GREAT
BOOK占領期を知るための名著

VOL.16
『北朝鮮へのエクソダス
「帰国事業」の影をたどる』2007
テッサ・モーリス-スズキ

ここでは、小説家・文芸評論家の野崎六助が
過去の名著から占領期の時代背景を考察します。
占領期を知るための名著シリーズ 第16回

contents

 

『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』2007
テッサ・モーリス-スズキ

 本書は、在日朝鮮人のいわゆる「帰国事業」の全体像を追った現代史研究だが、と同時に、それにとどまらず、民族移動のはらんだ一つの豊饒な「物語」ともなりえている稀有の本だ。
 在日朝鮮人の北朝鮮への集団「帰国」は、およそ半世紀前にはじまり、二十数年つづいた。当初は「地上の楽園」と称された故国北朝鮮への「帰還」。その間に、十万人に近い人びとが「帰って」行った。
 ユートピアの幻影は剥がれ、次第に明らかになっていくのは、「金王朝」三代にわたる専制国家の現状だった。
 帰国事業もしくは、帰国運動に関する文献は少なくないが、多くは、その体験者の手記に占められる、といっていい。本書は、その点、オーストラリア在住の日本思想史研究家によるところが異色だ。もう一点の独自性は、金日成体制による帰国政策が本格化する前段階の、国際赤十字社の関与に着目し、その資料を掘り起こしたことである。
 当初は、「在日公民」の「帰還」について関心の薄かった北朝鮮が、なぜ大規模な「移民」受け入れに方針転換したのか。この疑問に答えるには、「日本本土ー朝鮮半島」の戦後史への理解が必要となる。既成の現代史理解ではなく、それによってむしろ損なわれてきた歴史観が——。
 民族移動を可能にした力とは何だったのか。
 そこで、テーマは——占領につながってくる。
 占領下において、日本在住朝鮮民族(旧植民地人)は、約二百万人いた。彼らは「戦勝国民」と呼ばれたが、これが便宜的な通称にすぎないことは明らかで、果ては、ジョークにすら受け取られたのではないか。彼らの「国」はなかった。「国」のない「戦勝国民」。
 植民地から解放された故国は、別個の支配者に占領され、さらに、冷戦体制下の最前線として分断された。
 以来、日本(旧宗主国)も、北朝鮮も南朝鮮も、いわば三つ巴に(いや、三すくみに)、日本在住朝鮮民族という存在にたいする公的な見解を打ちだしえなくなった。持て余した。公式に認定すれば、どの国家にもその正統性への齟齬が生じる。あまつさえ、その一部は、政治難民と呼ばれることがふさわしい存在だった。
 日本は、端的に、彼らを「単一民族」の外側にある存在と規定した。治安レベルでは、潜在的な革命分子、犯罪勢力として「監視対象」にしていたし、また、基本的な生活権に多くの制限を課した。北も南も、彼らを「在外公民」として政策的に利用したものの、その集団的「帰国」を奨励することはなかった。国力にその余裕もなかった。
 在日朝鮮人という名称は、成立からして、暫定的なものだったと思えるが、なしくずしに固定していった。もともと定義は曖昧なのだが、用法としては、明確な「カテゴリ集団」を指して使わざるをえない。それ自体の反語性(アイロニー)にみちた言葉。厄介で、使う者の痛みを誘う言葉なのだ。
 本書『北朝鮮へのエクソダス』に先立って、著者は、『現代思想』2003年9月号「占領とは何か」特集に、「占領軍への有害な行動 敗戦後日本における移民管理と在日朝鮮人」を書いている。占領下日本から朝鮮半島に一時「帰国」した日本在住朝鮮人が在住している日本に再入国できなくなったケースに照明をあてた。本書のための助走ともいうべき論考だ。問題意識は一貫している。
 本書は、「帰国事業」という、従来はそれのみ切り離して対象化されることの多かったテーマを、「日本本土ー朝鮮半島」の戦後史(占領史)の観点から捉えなおした画期的な研究だ。
 ただ、こうした評価は、あくまで本書の片面を紹介するにすぎないだろう。

 テッサ・モーリス-スズキは、反グローバリズムの先鋭な論客として知られる。また、彼女の研究は、マイノリティの越境にこだわってきた。
 ただし、本書は、誠実な学者スタイルの論述とはまったく異なる。研究論文を大きく逸脱した、きわめて私性の勝ったスタイルで書かれている。ジャーナリストの手法としては自然だが、この著者としては異色だと感じた。
 彼女は、ジュネーブを訪れ、平壌を訪れ、済州島を訪れ、大村収容所を訪れ、新潟を訪れる。研究生活の本拠は、キャンベラにある。報告には、時には、その土地の風景描写もふくまれる。赤十字国際委員会の本部を訪れ、そこに保管された、おそらく彼女が初めての読者となる「古文書」の山を調査する。
 主語は「わたし」だが、時折り、「この物語」が主語として使われ、その用法が、さりげなく、ナラティヴの全体を覆うかのように拡がってくる。
 著者は、「この物語」を語る人であり、このテーマを報告する「書き手=媒介者」だった。そのように書きはじめたはずだ。そして、それが進行してくるにつれ、「この物語」は——彼女の物語に変容する。彼女自身の物語に変容する。著者が《偶然の旅》と呼んだ「帰国事業」研究の旅程は、著者自身の「旅」とシンクロし、融合したのだ。
 終章において、彼女は、こう記す。

 《この物語に残る穴のなかでももっとも大きいのは、まだ北朝鮮で生きている帰国者とはひとりも話ができなかったことである》

 この一文においては、すでに、「この物語」と合体し、「この物語」という主語として語っている彼女の主体の躍動を確認できる。
 著者がなぜ「この物語」を書かねばならなかったのか。答えを、もう一つ見つけておこう。日本の雑誌に連載され、一冊になった新自由主義批判の論考に『自由を耐え忍ぶ』がある(彼女の著作のなかでは、わたしには苦手な部類だが)。そのなかで著者は、出入国管理所こそ、超法規的な「恐怖の領域」(テラー・ゾーン)だ、と指摘する。そこでは、国家と個人とが直接に向きあい、しかも、出入国管理所の現場の係官(個人ではあるが)がオールマイティの恣意的な権力を握っている。出入国者を生かすも殺すもその係官の恣意性にかかっているのだ。
 モノカネヒトが容易に国境を超える、というのが、グローバリズムの「哲学」だ。だが、超えられない壁は、日常的に、出入国管理所というテラー・ゾーンというかたちで厳然と存在する。
 越境する思想者の視点で、著者は、その恐怖を分析してみせた。ここでも「帰国事業」という物語が、彼女を恐怖に導いたのではないか。そう想像する。
 越境者こそ、境界の物語にたいして鋭敏となる。越境者だけが……。
 最後に、著者をよく識るための参考文献として、森巣博『無境界家族』(2000 集英社)をあげておく。

森巣博『無境界家族』(2000 集英社)
『無境界家族』森巣博 集英社 2000年

 

  • 「テッサ・モーリス-スズキの著書の数々」
  • 『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』 テッサ・モーリス-スズキ
    『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』
    テッサ・モーリス-スズキ 田代泰子訳
    朝日新聞社 2007年5月
  • 『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』 テッサ・モーリス-スズキ
    朝日文庫 2011年9月
  • 『北朝鮮で考えたこと』 テッサ・モーリス-スズキ
    『北朝鮮で考えたこと』
    テッサ・モーリス-スズキ 田代泰子訳
    集英社新書
  • 『辺境から眺める アイヌが経験する近代』 テッサ・モーリス-鈴木
    『辺境から眺める アイヌが経験する近代』
    テッサ・モーリス-鈴木 大川 正彦訳
    みすず書房
野崎六助
プロフィール:野崎六助(のざき ろくすけ)
1947年 東京生まれ。
1960年から1978年 京都に在住。
1984年 『復員文学論』でデビュー。
1992年 『北米探偵小説論』で日本推理作家協会賞受賞。
1994年 『夕焼け探偵帖』で小説家デビュー。
1999年 小説『煉獄回廊』 
2008年 『魂と罪責 ひとつの在日朝鮮人文学論』
2014年 電子書籍kidle版『李珍宇ノート』『大藪春彦伝説』『高村薫の世界』
http://www002.upp.so-net.ne.jp/nozaki
http://atb66.blog.so-net.ne.jp/