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『占領空間のなかの文学』日高昭二

GREAT
BOOK占領期を知るための名著

VOL.10
『占領空間のなかの文学』
日高昭二

ここでは、小説家・文芸評論家の野崎六助が
過去の名著から占領期の時代背景を考察します。
第10回 『占領空間のなかの文学』日高昭二

contents

 

『占領空間のなかの文学』日高昭二

 文学作品をとおして占領期を再考する——占領期に書かれた小説を読み直す。こうした試みに正面から取り組んだ文芸批評(文学史)に出会うことは稀だ。
 本書は、プランゲ文庫の蔵書をもとにした『占領期雑誌資料大系』全10巻の副産物といっていい。占領期が錯綜する言論統制下にあった事実は、今日ではよく知られている。著者は、この時期の文学作品に、視えない統制の痕跡を追跡し、ストレートに表出できなかった寓意を読み取ろうとする。もちろん、それは、アメリカ支配の「歪み」を正そうとする「史観」と同調するわけではない。
 前回に紹介した『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』とも共通するが、本書は、より系統化志向が強い。
 それは、「第一章「占領空間」の文学 痕跡・寓意・差異」に鮮明に表われている。宮本百合子、中野重治、高見順、大岡昇平、武田泰淳、石坂洋次郎、獅子文六、火野葦平など。顧みられなくなった作品もふくめ、従来なかった観点から分析されていく。分量として全体の3分の1ほどある。
 本書のもうひとつの焦点は、「第四章 帝国への視野」だ。井伏鱒二、石川淳の諸作が「敗北した大日本帝国」との関連で読み解かれようとする。これらは、作品再読の手がかりを与えてくれるにしろ、必ずしも明快な結論を呈示するものではない。
 本書は、占領期文学研究の基本ラインを示すものといえるが、「第二章 占領のアイロニー」と題された「第三の新人」論、「第六章 座談会の季節」など、並列的で、よくある文学史的記述に流れる部分もある。また、混血児や戦争花嫁といった題材への目配りがなされているが、沖縄、在日旧植民地人といった大きな要素への観点は、残念ながら盛りこまれていない。

 過去のある作品は充全に読まれることによって初めて「完成」する。書かれたテクストとはその時代にあって不完全な素材でしかない。後に来る読者こそ「真の作者」なのだ。過去に属する作品を「解放」することは、後から来た者の責務ではないか。——これは、戦後ドイツ文学に関していわれた箴言だが、われわれの占領期文学に関してもいっそう真実であるだろう。
 作品は残されているものの、まだ「読まれて」いない。「真の作者」に出会っていないのだ。それが書かれた時代には存在しなかった「真の作者=真の読者」に——。
 その意味で、本書のガイド的な役割も重要となる。光明の当たらなかった作品をいかに読むか。そのリストと「充全な読み」にいたる途のヒントがここにある。
 占領期文学の「真の作者」たるべく期待されている者こそ、現在の読者われわれなのだ。著者のいう占領空間は、それほどまでに冥く、執拗につづいている。

 

『占領空間のなかの文学』 日高昭二 岩波書店 2015.01

 

『占領空間のなかの文学』日高昭二

野崎六助
プロフィール:野崎六助(のざき ろくすけ)
1947年 東京生まれ。
1960年から1978年 京都に在住。
1984年 『復員文学論』でデビュー。
1992年 『北米探偵小説論』で日本推理作家協会賞受賞。
1994年 『夕焼け探偵帖』で小説家デビュー。
1999年 小説『煉獄回廊』 
2008年 『魂と罪責 ひとつの在日朝鮮人文学論』
2014年 電子書籍kidle版『李珍宇ノート』『大藪春彦伝説』『高村薫の世界』
http://www002.upp.so-net.ne.jp/nozaki
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