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『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』勝又浩

GREAT
BOOK占領期を知るための名著

VOL.9
『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』
勝又浩

ここでは、小説家・文芸評論家の野崎六助が
過去の名著から占領期の時代背景を考察します。
第9回 『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』勝又浩

contents

 

『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』勝又浩

 タイトルの由来は、GHQの指令によってつくられたNHKのラジオドラマ(作者は『君の名は』で高名な菊田一夫)。このドラマがたしかに世代体験をくくると著者は宣言するのだが。
 その揚言についてはともかく、本書の内容は、サブタイトル「廃墟・占領・戦後文学」がふさわしい。占領小説を系統的に整理して読んでいく文芸評論というより、むしろ気ままなエッセイ調だ。読みやすくはあるが、文学史的全体像というか、俯瞰図を求めたくなるところもある。
 「昭和13年」生まれの著者が、同時代としてくぐり抜けてきた戦中・占領期・独立後の戦後といった状況と、それぞれの時期の作品が参照される。これだけならさして特徴はないのだが、本書の眼目は、現在という観点からの「読み直し」にある。発表時には読み取れなかった作品の機微が、時代をおいて再読してみると、あるパースペクティヴを与えられて新しい発見をもたらす。その驚きが、本書の作品論の多くを豊かにしている。
 占領期は、占領という事実のなかで占領について語ることを「禁じられた」時代だった。占領関連の書物が発刊されだしたのは、占領期が終わってからだった。
 たとえば『肉体の門』。戦後風俗を語るさい必ずといっていいほど引き合いに出される作品だが、ここにはアメリカ兵が登場しないと、勝又は指摘する。アメリカによる占領支配は、民主化統治という大義名分のゆえに、占領支配という隠れもない事実を「隠蔽する」必要があった。軍事的支配であっても制度としては間接統治。米兵は「視えない人間」でなければならなかった。
 戦後文学が「アメリカを描けない(もっといえば、描くことを禁じられた)」ところから始まった、という本書の導入部での指摘は重要だ。
 著者はつづいて、ある作品の深層を、同時代ゆえの限界もあって読み落としてしまった事例をあげていく。それらは文芸批評の実感的な現場を披露していくようで興味深い。
 時代によって進化した大きな論点として駆使されるのは、ジェンダーの観点だ。
 占領は、世界史的にいって、「民族強姦」の体験をともなう。占領民族による「性」の蹂躙である。同様に被害をこうむる被占領者のなかでも、男と女との被害者性は決定的に異なる。この点は、文学的テーマとしてもいまだ模索の途上にあるようだ。
 男は「自民族の女を侵略者に奪われる」という直接の被害者性を持つが、この被害感覚のみで体験が完結するわけではない。だが、作品としては男性側のものが先行した。
 本書は、石川淳の戦後第一作「黄金伝説」を例にとって、作品成立における「男性のエゴ本位」を分析してみせる。こうした論点は、現在にあっては、フェミニスト論客による紋切り型批難に同化しかねないが、著者の記述は「身につまされる」ようで、救われる。
 つづいて丹羽文雄「恋文」が論じられ、奪われた男の悲哀と憤懣との底にある男性自己本位(ならびに無自覚な女性蔑視)があぶり出される。時代も文学も、明らかな限界性にとどまっていた、ということだ。
 「占領と女性」というテーマだけでなく、本書は、「ニッポンとオキナワ」という二項対立テーマにも多くのページをさいている。むろん有効な回答はないのだが、占領が、日本の中枢(しばしば男性と混同されたり、本土と混同されたりする)にたいしてのみ発動されたのではなく、従属部分(弱者、もちろん女性にかぎらない)にも、より激越で深刻な被害を与える、という観点は重要である。
 しかし、繰り返すが、本書の魅力は、系統的な記述にではなく、気ままに断片的な、さりげない語り口にある。
 池澤夏樹『カデナ』を「ベ平連小説」と一蹴する一行には笑ってしまった。ベ平連をアメリカ型市民運動の直輸入とする見解(決して外からの観測ではないと思えるにしても)は「おやおや」と思うが、「ベ平連小説」なるシロモノはけっこう溢れているんだろうな、と納得させられた。
 まあ、この悠々たる語り口、読者の都合では、途中で、無用と感じる部分も含んでしまうのは致し方なかろう。
 占領小説論として、最も輝き、後半の頂点をつくるのは、小島信夫『抱擁家族』への微細な読みこみだ。島尾敏雄『死の棘』と対比する視点もなるほどと思ったが、『抱擁家族』については、別の読み方があったのだと教えられた。
 かつて吉本隆明は『死の棘』に描かれた家庭の惨劇を「平和のなかの主戦場」という命名によって脱領域化した。戦後平和日本の日常のなかにひそむ非日常は「戦場」の継続だとする受感である(まだらボケに犯される以前の吉本による至言だ)。
 勝又は同様に、『抱擁家族』に描かれた家庭の危機に「占領=民族強姦」の傷痕(とその継続)を読み取っていく。同時に、「黄金伝説」や「恋文」などの男性本位小説の(時代的)限界から小島が如何に脱却しようと試みたかを確認していくのだ。
 占領小説を読みつづけ、読み直すことによって得られた貴重な結実だと思う。

 

『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』勝又浩 白水社 2012年2月

 

『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』勝又浩

野崎六助
プロフィール:野崎六助(のざき ろくすけ)
1947年 東京生まれ。
1960年から1978年 京都に在住。
1984年 『復員文学論』でデビュー。
1992年 『北米探偵小説論』で日本推理作家協会賞受賞。
1994年 『夕焼け探偵帖』で小説家デビュー。
1999年 小説『煉獄回廊』 
2008年 『魂と罪責 ひとつの在日朝鮮人文学論』
2014年 電子書籍kidle版『李珍宇ノート』『大藪春彦伝説』『高村薫の世界』
http://www002.upp.so-net.ne.jp/nozaki
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