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HOME > コラム > コラム 帝銀事件とは何だったのか-58 Vol.58 原渕 勝仁さん

帝銀事件とは何だったのか

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MYSTERY
HUNTER帝銀事件とは何だったのか-58

VOL.58
原渕 勝仁さん

占領時代のミステリー・ハンターあらわる!
占領時代の事件、今もって解明されておらず、
「〇〇は無実である」という雪冤の運動は続いている。
ミステリー・ハンター 原渕 勝仁氏がそれら謎を多角的に解明する。

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オキュパイド・ジャパン・ミステリー・ハンター
帝銀事件とは何だったのか-58

 

 平沢の実家は北海道の小樽にあって、戦後間もないこの頃には頻繁に東京と小樽を行ったり来たりしていた。

 横浜港から氷川丸で海路、小樽に帰ることもあった。事実、帝銀事件直後に平沢はこのルートで小樽に戻っていて、それがあたかも逃亡したかのような言われ方をしているが、単に用事があって帰省しただけだった。病気の弟を見舞うという帰省の理由が平沢を真犯人と疑う人達からすると〝逃亡〟となるわけだ。

 それは、まあいいとして、さすがに汽船だと時間がかかることから列車を使うことの方が多かったみたいで、このときも、つまり、松井茂と名刺を交換したときも平沢は小樽から列車で函館、そして函館からは青函連絡船で青森にわたり、東北本線で上野まで帰って来る予定であった。その途中の青函連絡船の中で、平沢と松井は出会っている。それは帝銀事件が発生する昭和23年の前年のこと。正確な日時はわれわれに伝わっていないが、3月か4月。春先のうららかな日差しの記憶が平沢にはあるという。

 この頃、平沢は当時の皇太子(いまの今上天皇)に献上するための絵を北海道で描いていた。それは札幌郊外の荒涼とした大地を描いた風景画でタイトルは『春遠からじ』。その下絵を東京に戻って仕上げるために上京する途中であった。平沢も松井も一等船室の切符を手に入れていたのだが、何かの手違いがあって松井だけベッドが用意されていなかったのだそうだ。船室でくつろいでいた平沢のもとに頻りと船の接待係りのボーイを怒鳴りつける男の声が聞こえる。「なぜ、わたしだけベッドがないんだ」「なんとか用意できないのか」そんなことでも怒鳴っていたのか。「まぁまぁ、そんな怒らないで」「お疲れならわたしのベッドにお座りなさい」「おいしいコーヒーの豆を持っておりますからご一緒に」と、その一等船室で松井茂に声をかけたのが平沢貞通であったのだ。そして、そのとき、二人は名刺を交換した。松井は厚生技官として、昭和天皇の行幸先の北海道に先乗りをして消毒の仕事をして仙台に帰る途中であった。

 よく平沢の冤罪を信じる人達の間で、もしこのとき名刺の交換などしなければ平沢が帝銀犯人として死刑囚になることはなかっただろうと。もしかしたらこの出会い自体に何か謀略のにおいを感じるなどと言う人もいる。確かにこの松井茂という人物。調べると、戦時中とんでもないことをしていたことがのちに明らかになる。昭和17年暮れに南方にいき、シンガポールやスマトラ島の軍政部に勤めていた。ジャワのパスツール研究所で終戦を迎えているが、陸軍司政官として第25軍軍政部衛生課長であったとき、チフスの予防薬と破傷風菌とを間違えて注射をしてインドネシアの原住民を200数十人も死なせたことがあったというのである。この話を耳にすると誰もが731部隊との関連性を想起してしまうのだが、当然、捜査本部も、帝銀事件当時の松井のアリバイなど徹底的に調べているが彼が事件に関係していた可能性は見つからなかった。

 ただ、真犯人は松井と名刺交換した96人のなかにいる可能性は極めて高く、平沢が怪しいと捜査当局からマークされるのは仕方がないこととわたしは思っている。

 

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プロフィール:原渕 勝仁(はらぶち・かつひと)
略歴:1956年、香川県坂出市生まれ。立教大学法学部中退。
代表作/TBS 『報道特集』「戦艦大和 幻のフィルム」「帝銀事件 絵探しの旅」「連合赤軍事件 36年目の真実」フジテレビ『ザ・ノンフィクション』「ショーケンという孤独」テレビ朝日『ザ・スクープSP』「よど号ハイジャック事件 40年目の真相」WOWOW『ノンフィクションW』「映画監督・若松孝二 17才の光と影」「ミャンマーの幻の格闘技ラウェー」「遥かなる北極点 孤高の冒険家・荻田泰永」テレビ朝日『テレメンタリー』「決着 若松孝二と岡本公三」フジテレビ『NONFIX』「フランスの城で男が描く夢 フレスコ画家・高橋久雄の挑戦」「受け継がれる心と形 狂言・和泉流宗家」フジテレビ『ニュースJAPAN』「スクープ潜入!よど号日本人村」テレビ東京『未来世紀ジパング』「北朝鮮・ケソン工業団地」など