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帝銀事件とは何だったのか

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MYSTERY
HUNTER帝銀事件とは何だったのか-32

VOL.32
原渕 勝仁さん

占領時代のミステリー・ハンターあらわる!
占領時代の事件、今もって解明されておらず、
「〇〇は無実である」という雪冤の運動は続いている。
ミステリー・ハンター 原渕 勝仁氏がそれら謎を多角的に解明する。

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オキュパイド・ジャパン・ミステリー・ハンター
帝銀事件とは何だったのか-32

 

 阿佐ヶ谷の武彦さんの自宅を訪問すると、必ずお母さんが迎えてくれた。武彦さんには上にお姉さんが二人いたが、下のお姉さんはもと女優で、テレビの特撮もののヒロインとして人気があったと聞いているが、二人とも結婚して家を出ていて、お父さんの作家の森川哲郎氏が昭和57年・1982年に亡くなってからは、この二階家に武彦さんとお母さんの二人だけで暮らしていた。

 玄関を入ってすぐの応接間がいまはお母さんの居室。真ん中の廊下を進んで、奥がダイニング・キッチン。そこにトイレと風呂もある。廊下の途中から二階に上がる階段があって、そこには武彦さんの部屋とあと二間、続きの間があって、一番奥の部屋がいまの〝救う会〟の事務所のように使われていた。そこには、平沢死刑囚の獄死後に返還された遺品の絵などが狭い部屋に雑然と置かれていた。

 わたしがテレビのスタッフを連れて訪れると、決まって、この部屋に通され、そこで事件についての色んな話を聞かせてもらった。それが2007年、わたしがTBS『報道特集』で帝銀事件を扱って番組にした頃で、そののちも、わたしはこのご自宅を一人で何度も訪れている。その頃になると、二階のあの部屋ではなく、もっぱら1階奥の台所で話すことが多くなっていた。

 狭い台所はこれも雑然とものがあふれていて、決して、お世辞にもきれいとは言えない場所であった。大きなテーブルが真ん中にあって、正面にゆったりとした大きな椅子が置かれていた。どうもその椅子は生前にお父さんの森川哲郎氏がいつも座っていた場所で、家族にとっては特別の場所らしく、どんなに人が多くても誰もそこに座ることはなかった。いかにこの家にとって、お父さんの存在が大きかったかが、その誰も座らない椅子が饒舌に物語っていた。

 聞くと、お母さんは昭和4年・1929年生まれ。偶然、わたしの母と同じ年。若い頃はさぞかし美人の誉れが高かったのだろう。そのときは、既に80歳近くになっていたが、とてももの静かで、品のあるお母さんだった。このお母さんも、以前は救援活動を積極的に手伝っていたとのことだが、わたしが会っている頃はもうすべてに疲れた感じで、ご自分がいる居室はきれいにしているが、そのほかの部屋の掃除をする気力もないほど、家はもう〝ごみ屋敷〟と化していた。

 お母さんはそして、白い大きな、毛並みのきれいな猫を飼っていた。しかし、家中、その食事をするダイニングのテーブルにも、その白い猫の毛が落ちていて、決して気持ちのいいものではなかった。

 森川家では、それぞれの誕生日に手巻き寿司を食べるのが決まりとかで、1月20日の武彦さんの誕生日に自宅に招待されたことがあった。武彦さん、お母さん、そして、わたしの三人で、そのくだんの台所でお母さんが用意してくれた手巻き寿司をご馳走になった。

 そのとき、わたしはテーブルの上の白い猫の毛を気にしながら、こんな気持ちでいることを、武彦さんにも、勿論、お母さんにも気づかれないように「おいしいですね」「たのしいですね」と嘘を言いながら食べたことをいま、思い出すと涙が止まらない。武彦さんもお母さんも帝銀事件にかかわったことで、人生が大きく変わってしまったのではないのか。 

 帝銀事件とは、本当に何だったのか。いまも、その答えは見つかっていない。

 

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  • 『若松孝二と赤軍 レッド・アーミー』
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プロフィール:原渕 勝仁(はらぶち・かつひと)
略歴:1956年、香川県坂出市生まれ。立教大学法学部中退。
代表作/TBS 『報道特集』「戦艦大和 幻のフィルム」「帝銀事件 絵探しの旅」「連合赤軍事件 36年目の真実」フジテレビ『ザ・ノンフィクション』「ショーケンという孤独」テレビ朝日『ザ・スクープSP』「よど号ハイジャック事件 40年目の真相」WOWOW『ノンフィクションW』「映画監督・若松孝二 17才の光と影」「ミャンマーの幻の格闘技ラウェー」「遥かなる北極点 孤高の冒険家・荻田泰永」テレビ朝日『テレメンタリー』「決着 若松孝二と岡本公三」フジテレビ『NONFIX』「フランスの城で男が描く夢 フレスコ画家・高橋久雄の挑戦」「受け継がれる心と形 狂言・和泉流宗家」フジテレビ『ニュースJAPAN』「スクープ潜入!よど号日本人村」テレビ東京『未来世紀ジパング』「北朝鮮・ケソン工業団地」など