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X氏ヒストリー~占領期をどう生きたか

第14回
「ハーバート・ノーマン」

 マッカーサーから信任厚かったGHQ民間諜報局調査分析課長で、カナダ人日本学者のハーバート・ノーマンについて、中薗英助は『オリンポスの柱の蔭に』上下巻(毎日新聞社刊)で丹念に描いており、さらに『私本GHQ占領秘史』(徳間文庫)でも、数ヵ所で触れているので、それらを紹介しよう。

 

「(ハーバート・ノーマンは)、日本生まれのカナダ人歴史学者、とりわけ連合国軍占領下に極東委員会メンバー国代表部の首席外交官として、マッカーサー元帥の最高情報顧問格となり占領政策に大きな貢献をした人物である。このノーマンがマッカーサーに信任された〈情報顧問〉であったことは、GHQ・G2(情報参謀部)部長だったチャールズ・ウィロビー少将にとってやりきれないことだったらしい。
 世に情報マンほど嫉妬深い人間はない。情報将校ナンバーワンを以て任じていたウィロビーの憎悪は、ノーマンに集中する。もともとウィロビーは軍事歴史学の大家を以て任じていたが、日本学については何の学識もなかった。日本派遣宣教師の家庭に育ち、日本語の読み書き会話自在で、コロムビア、ハーヴァード、ケンブリッジ各大学で歴史学を学んだノーマンにかなうわけがない。かなわないところを謀略と秘密警察力で以て陥れようとしたところに、ノーマンの悲劇は端を発したといえるのである。
『オリンポスの柱の蔭に』の取材中、ぼくの耳朶に最も焼きついた話の一つに、当時軽井沢でのテニス友だちだった作家朝吹登水子さんから聞いた次のような直話があった。
「ノーマンさんは、自分がG2のウィロビー少将から憎まれていると、ハッキリ口にして私に洩らしたことがありました」
 GHQの第一生命ビル内PX理髪店のマネージャーだった田中智彦さんは、ウィロビー少将が調髪の際も自分でタオルを持ってくるような神経質な性格で、あるとき、「僕は秘密警察の元締めだよ。何か事故があったら、これをMPに見せたらよい」といって名刺をくれたという話を書き残している。秘密警察の大ボスだから、日本では何でも思うがままだということを、理髪師にまで誇示して見せたのだ。」
「カナダ公使館のハーバート・ノーマン公使は、本国のピアソン外相に宛てた手紙の中で次のように訴えた。
『多くの思慮深く、見聞の広い日本人は、最近の一連の占領行政を、悲観的で苦々しいものに思っております。その中には、自分たちが一九三〇年代に逆もどりして生きているように感ずると、すでに私に話した者がいるほどです。
 彼らの攻撃はアメリカ合衆国それ自体に対してではなく、目下のところこれらの変化を吉田政府のせいにして罪を着せているけれども、もし現在のような傾向がつづくならば、これまでアメリカ政策の最も忠実な讃美者であったような、より自由主義的な人々をも、疑いもなく背き去らせてしまうことでありましょう。そうして、たとえ彼らが地下の共産主義者の活動に加わる必要を認めないまでも、私が個人的に考慮すべき懸念として見ているのは、すくなくとも極東における将来のアメリカの計画や政策に対し、冷淡かつ敵意をもつようになってゆくことでしょう。』
 ノーマンが日本を去る三ヵ月ほど前のことであった。
 ノーマンが親交を結んでいたのは、当時何れも東大教授であった渡辺一夫(フランス文学)、丸山真男(政治学)、中野好夫(英文学)ら日本最高の大知識人各氏を初めとして、十指にあまる知名の士がいた。彼がピアソン外相宛手紙にあげた日本を代表するような良識の士の中に、右のような人々をふくめて考えていたであろうことは疑いない。」
「信州生まれの近代日本歴史学者として知られたカナダ外交官であり、またマッカーサー元帥に信任された情報顧問として占領下の日本民主化につくしたハーバート・ノーマンにまつわる『ソ連スパイ説』の疑惑を、カナダ政府がようやく公式に全面否定したのはあまりにおくればせながらのことであるとはいえ、改むるに憚る勿れの快挙ではあった。
 一九五七年、ノーマンがカイロのナイル川(ワディ・エル・ニル)ビルの九階屋上から飛び下り自殺をとげてから、じつに三十三年ぶりのことだ。
 もっとも、その間、カナダ政府が何もしなかったということではない。ノーマンの直属上司である外務大臣ピアソンらは、しばしば声明を発表して疑惑を否定しただけでなく、マッカーシズムの魔女狩りを非難し、米上院国内治安分科委員会が『米国内におけるソ連活動の範囲』と称する非公開公聴会の記録をリークして、ノーマンをコミュニストであり、ソ連(スパイ)活動コネクションの登場人物に仕立てたことに強く反撃した。」

 このハーバート・ノーマンについては、映像もありますので、それも紹介します。
 ETV特集「ハーバート・ノーマン~戦後日本を構想した男」は、1999年8月10日(第一回)、8月11日(第二回)に放送されたものです。内容は、カナダ制作のドキュメンタリーTV映画をNHKが編集したものです。